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砂塵の記憶

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2006年 07月 21日

外伝~潮騒の鎮魂歌~3

 セルビナ沖海上。
 ここ一帯は、主に小型の魚を狙う。
 餌のコストが少ない、サビキという疑似餌を使う。
 しかし、釣りだけでは魚の漁獲量は多くない。
 船の後ろに網を取り付け、船で引きながら獲る、トロール漁も仕掛けておく。




「釣れた釣れたー!ねぇねぇ見て見て!」
「ふっ……甘いなサンドラ。見よ!3荷のこの釣果……って、あ!」
 
 ブチンッ!と太いラインが切れた、豪快な音がした。
 甲板の上は賑やかだ。
 とりあえず、俺は“バストアサーディン”狙いだ。
 ひんがしの国では、鰯って言われるらしいな。
 こいつは釣り上げたらすぐに三枚におろして切り身にする。
 その後は、氷のクリスタルで氷付けにして、格納庫へ保存。
 何故切り身かって?それは明日のお楽しみってやつだ。

 ――クリスタルとは、……まぁいわゆる簡易処理工具だ。
 焼いたり、氷付けにしたり、切断したり、固めたり、
 そんなのを、イメージを通して完成させる簡易合成アイテムだ。



「おいG!サビキのストックはどこだ!?」
「もう糸切れですか。さっき渡したばっかりだと思いましたが?」
「あーアレクさん。ゴカイあるよゴカイ」
「タートル!そのウネウネは何だ!?」
「キュス釣れたー!ねぇねぇフラッド。香草焼きにしてよっ」
「残念ですが、香草無いんですよ……塩焼きにでもしましょうか」

 赤獅子騎士団の面子は和気藹々と釣りに興じていた。
 一番しっかりしているかと思ったアレクサンドライトさんが一番、
 はしゃぎ回っているのは驚きだった。
 マナフィールさんとナーシャは、甲板の向こうで二人で話していた。

 さて、俺は俺で釣りをしますかね。
 手にしたロッドはカーボン繊維を織り込んだ、バストゥーク新式釣竿。
 サビキを付け、海へ投入する。
 ――集中。
 海の中でサビキの揺れる様をシミュレートする。
 上下に動くキラキラを魚の餌に見立てさせ。
 されど、その心、無心。
 指の先、竿の先、ラインの先、サビキの針の先端までも、自らの神経と化す。
 途端、違和感。針の先に触れた小さな重み。
 ――そして!

「フィーッシュ!」

 手応えは2荷。
 ここで一気に引き抜いてはいけない。
 いかに鰯とはいえ、重さはある。
 水の中から引き上げるのには、地上で持ち上げる何倍もの力が必要だ。
 ラインはある程度の強度があるが、リーダー(ラインと針を繋ぐ糸)は細い。
 暴れられながら引き上げる場合、ラインは無事でもリーダーが切られる可能性は大いにある。
 だが、時間を掛けすぎても小魚の群れを散じてしまう。
 そこを見誤らない。これが、これこそがプロだ。

 鰯などの小魚は体力は意外とあるが、人に引き上げられる大きな力に逆らうほどの力はない。
 全力で抵抗するため、すぐに力尽きてしまう。
 ゆえに、小魚釣りは早さと慎重さが同時に求められる。

 そして引き上げ。
 最後の取り込みまで絶対に油断をするな。
 魚も人も、同じ命だ。
 “最後の一発”が存在することがある。
 多くのハンターがそのために涙を飲み、その日を空腹で過ごすということも珍しくない。
 釣りとは、釣り人と魚の、命の取り合いなのだ――!

「ほぃっ。サーディン2匹っと」

 他人から見ると、造作も無く見える釣りという作業。
 だが、ある一定以上を踏み込んだ達人の領域こそ、造作も無い見かけなのだ。
 その中には、幾千、幾万もの経験とカンと技量の世界がそこにある。
 戦士であれ、騎士であれ、魔術師であれ、釣り人であれ。
 真剣の世界は、どこにでも存在する。

 そして第2投。
 2投目こそ、神経を尖らせる。
 さっき暴れた魚の影響は?時間の経過による群れの散開状況は?
 そして、投入されたことで生じる音の影響など――

「ドレッドさん……さっきからずーっと同じ動作で、同じ間隔で釣り上げてますね」
「釣りマシーンとは彼のことを言うのだろうね。
で、アレクさん。また糸切れですか……」

――その日の釣果、バストアサーディン275匹、キュス137匹。

by creatle | 2006-07-21 19:23 | 外伝:潮騒の鎮魂歌


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