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砂塵の記憶

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2006年 11月 08日

外伝~潮騒の鎮魂歌~13

……――。




 そして、沢山の月日、否、年月が過ぎ去りました。
 もう季節の巡りを千ほども数えたでしょうか。

 ――旦那様!おやめください!このような危険な事は!
 ――爺。私には……この国にはもうコレしか無いのだ。

 一人の、華奢な青年が剣の元を訪れました。
 彼は、国の中でも指折りの魔術師でした。

 ――過去の聖遺物に縋るまでに堕ちた……だが、全てを灰燼へ帰すよりは――!

 既に高名な英雄など、過去の物。
 今、国は大変な危機に瀕していました。
 新たな王を認めない諸侯、ソレを潰さんとする王族。
 王国は、暗黒時代へと突入していたのです。
 同じ騎士団、果ては、同じ家の者同士が戦う、紛争。
 自分が切り捨てた相手が、自らの兄弟というのも珍しくない、荒れ果てた紛争でした。

 青年はそっと、白く細い手を剣に伸ばし、剣の解析を始めました。

 ――この魔術式……失われた筈の継承魔術……。だが、この術式では明らかに不足だ。

 青年は、持っていたナイフで剣に紋様を刻みました。
 複雑なライン交差を消し、平行なラインと交差するラインを整えて行きました。

 ――コレで……よし。さぁ……ロックハートよ。私にその力を見せよ……!

 継承が、始まりました。
 青年の魔力がとても大きかった事もあり、継承は無事に終わりました。

 ――貴方は……こんなにも哀しい歴史を記録してきたのですね。
 神秘の継承をもたらす、されどヒトの人生を食い潰す魔剣。
 さぞ、つらかったでしょう。
 私が、貴方の真の目的を継ぎましょう。正しく。私達が。

 そして、剣はその強大な力と、連綿と受け継がれた剣技と経験で、
 様々な功績をもたらしていきました。
 今までの継承は、継承者に経験値を上書きするというもの。
 新しい魔術刻印は、継承者に経験値を加算するというもの。
 そして、彼の血筋が有数の魔力容量であったために。
 剣は様々な技能、経験、魔力を蓄えていくことが出来ました。
 剣と共に生き、聖剣に選ばれた血筋。
 守るために振るうその力、まるで剣の如しだと。
 国の王は、彼らに名前を授けました。

                 生きている剣――ソーディアンの名を――
 
 しかし、力は戦乱を呼び、戦乱はさらに力を呼び。

 ソーディアンの血筋もまた、聖剣の器としての特性を持ち、
 生命として安定し始めました。
 そして現れた、最も力を持ち、剣も呼応した、“最強の器”――。

 クレサンドロウ・ソーディアンの歴史が始まったのです。

 彼はまず、紛争の最前線に立ち、参戦した戦いを全て勝利しました。
 彼の親友もまた、名剣を携えて彼とコンビを組み、数々の戦果を上げました。
 そして有力な王族は、中から一人の王を立て、国を纏めました。
 しかし、またソレを良しとしない諸侯が軍を挙げ、紛争を起こしました。
 クレサンドロウとその親友は、忠誠を誓ったそれぞれの諸侯のため。
 とうとう敵同士として対峙することになりました。
 しかも、あろう事か、
 クレサンドロウは王族側の大将。親友は、造反側の大将として。
 一騎打ちにて勝敗を決する事になりました。

 其の戦いは、まるで演舞の様だったと、伝説に在る。
 歓声を上げる者も、罵声を浴びさせる者も無く、全てが静まりかえり、見守った死闘。
 剣の軌道は光を帯び、幾重にも重なり、
 まるで、妖精が無尽に舞っているようだとまで謳われた死の演舞。
 そして、とうとう決着が着きました。
 クレサンドロウの打突、“パワースラッシュ”が親友の心臓を捕らえたのです。

 ――ゼノス。何故……何故避けなかった!
 ――クレサンドロウ……俺はさ。最期がお前で良かったと思ってるぜ。
    もし、万が一俺が勝っちまったら、また歴史は繰り返しちまう。
    だからさ。今度こそ、終わらせないといけないんだ。
    そんな顔をするなクレサンドロウ。

    誇れ……!お前は、国を護ったんだ……!騎士の本懐だろ……!

    泣くなって言ってるじゃねーかっ……約束し……てくれ……こ――
 ――ゼノス……?約束は何だ……!?言えよ!答えてくれよ……!ゼノス……!

 約束は、クレサンドロウの耳には伝わりませんでした。
 ですが、剣はちゃんと受け継ぎました、魂の叫びが、剣に届いたのです。

 『この国と、みんなを、守り抜いてくれ。お前になら出来る。
 大切なものを護る剣となれ。決して、その志崩さぬように』

 クレサンドロウは、剣に呪いをかけました。
 絶対に、切れることがない刃へ。
 しかし、どうしても力が必要になるのならば。
 この剣の『真名』に『護る』と『誓う』ことを。
 彼は、『満月』の下で誓いました。二度と悲劇が起こらないようにと。
 彼は野に下り、市井に紛れ、姿を消しました。
 後に国は、常勝龍王、ランペール王が統治し、今のサンドリア王国と成ったのです。


「これが、この剣の最後の記録。次の記録は、ドレッド・ソーディアンの歴史となる」
「……」
「既に、満月の夜に誓いは成された。
後は、『真名』を唱えるだけ。ソレだけで、継承は成る。
ドレッド……君に、その器があるかな?
数百、いや、殺した分を含めて数千、数万の命を。受け止める覚悟が」

 黒い闇の中から、一人の青年が姿を現した。
 知らない、否、よく知っているカタチだった。
 そう、その姿は、俺……違う。俺によく似た人物――!

「ドレッドよ……もし、この剣を捨てるならば、まだ人の道へ戻ることが出来る。
 しかし、この剣を執ってしまったら、往く道は前のみ、修羅の道。
 平和を、日常を望まれて生まれてきた子よ。
 闇へ堕ちる覚悟が在るならば、剣を手に取れ」

「剣はとる。だけど、俺は闇になんか堕ちない。
 俺は、護り続けると誓った。ナーシャの心を。ナーシャの笑顔を。
 騎士の誓いは絶対だ。例え、“世界”でも、“神”でさえも。破ることは許さない」

「甘いことを。剣の道は修羅の道。
 強大な力を手にした者が、人並みの幸せなど掴むことなど出来ぬ。
 尚も、その道を歩むと言うのなら――」

「歩むさ。だからこそ、騎士として、俺は誓ったんだ」
「その甘さ、覆せる程の力を見せてみろ――!」

 いつの間にか、青年の剣がその手にあった。
 そして、俺の目の前にも、剣が突き刺さっている。

「受け止める気がないのならば、そのまま覚めるといい。
 剣は再び呪いにより、力を失う。
 その剣は力。武器に非ず。
 愛しき者が居るのだろう?
 彼の人の、目の前で化け物に成るも、日常に生きるも、意志を徹すのも。
 今此処で、全てが決まる」

「誰に口聞いてやがるんだ……?
 俺は……俺はっ――!
 ドレッド・ソーディアン!聖剣の担い手、そして!
 ナーシャを護る、唯一無二の剣だ!」

 ≪誓いは為された。さぁ、我が真名を唱えよ――!≫
 柄に手を掛けた。
 一気に引き抜き、天に掲げた。

「今、もう一度誓いを為す!
 俺はドレッド・ソーディアン!
 ナーシャを護る、唯一無二の剣になると誓う!
 例え“世界”に阻まれようとも、如何なる困難に遭おうとも!
 俺は、俺の意志を貫き徹す!
 応えろぉっ!ロックハート≪岩石の如き騎士の誓い≫ォォ!!」

 ミスリルの被服が砕け散り、剣の刀身が露わになる。
 青白く瞬き続けるその光は星の如し。
 流れ込んでくる様々な経験、知識、魔力。

 ――魔力供給を開始。担い手、登録変更。アカシックレコード変更。
 ――魔力充填率22%。付近にマナ接続アダプターを確認。接続……!
 ――接続完了。残存貯蔵量、無限大。供給量、無制限。
 ――魔力サーキット、分断箇所を確認。修復開始……終了。
 ――未開通箇所を数カ所確認。疑似回路生成。問題なし。――現界開始。
 ――現界疑似回路、神経回路と接続……反応精度、99.7%。
 ――未開通箇所、強制展開……成功。疑似回路と接続……問題なし。

 体の中がグチグチと音を立てて改変される。
 そして、しばらくして音が止み、体中に力が漲ってくるのが分かった。

「継承は為された。さぁ……君はまだ、意志を貫き通すことが出来るかな――?」
「当然だ。言ったろ?俺は、如何なる困難に遭おうとも。俺は、意志を貫き通すと」
「よくぞ言った我が孫よ。そして最後だ。来るがいい――担い手よ」

 撃鉄が、落ちる。
 剣は、否、“俺“は一つの技を俺の中に提示する。
 嘗て、神技と言われ、されど人が為した奇跡。
 全魔力を剣へ送る。剣は輝きを強め、キラキラと光の粒が剣から零れる。

 振るう軌道は唯一筋。
 馬鹿正直に唯、上から下への一文字。
 その名、神話に一つ、刻まれた神々の技。

 ――グラウンドストライク――

 ……気付けば、既に残心を取っていた。
 青年……否。俺の、祖父だったものを切り裂いて。

「そうだ。それでいい。
 残心とは、相手の死を受け入れる覚悟のこと。
 最後の最後で、やっと覚えてくれたな。ドレッド。
 じいちゃんは嬉しいぞ……」
「じいちゃん……俺は……」
「良い。それで良いのだ。さぁ、夢から覚めよ。
 愛しき者が待っておる。
 儂は、剣の“経験”の中で、夢を見続けることにしよう。
 さぁ戻れ。ドレッドが愛した、時間と空の元へ――」




「――さん」


「ッドさん――!」

「ドレッドさん!」
「――ああ……。戻ってきたぞ」

 ナーシャが、俺の手を握り続けてくれたようだった。
 そして……俺は其の風景の中で、一つの既視感を感じた。

「大玉の……ルビー……!」
「えっ……?イヤリングの宝石は、確かにルビーですけど……」

 そう、眼には見えないが、確かに魔法刻印がされている宝石だった。
 体中から、魔力が漲っているのが分かる。
 夢の中で、確かに俺は剣から“経験”を受け継いだ。
 そして、記録から写された記憶。大玉のルビーが、ここに、確かにある!

「大丈夫だ。この戦い……勝てるぜ。ナーシャがいれば」
「え、ええ。あ、そうでした。ドレッドさん。もうすぐ、作戦領域です。
 行きましょう。そして、ちゃんと終わらせましょう。みんなを」

 俺は剣を背負うと、ナーシャと共に船室を出た。
 もう出港してから丸一日が過ぎている。
 これから、ヤツを捜して……倒すのだ。
 ナーシャも、しっかりとした足取りで歩いている。
 俺たちは、甲板へと向かった。

by creatle | 2006-11-08 02:23 | 外伝:潮騒の鎮魂歌


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