砂塵の記憶

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2006年 09月 06日

外伝~潮騒の鎮魂歌~10

 マウラ港沿岸。
 昼間であれば、子供や、冒険者が釣竿を振り出し、にぎわう場所だ。
 だが、流石に日は沈み、満月がまだ月齢変わらず輝いているだけ。






 まるで、俺とナーシャと、月だけが居るようだ。
 月明かりの中、俺達は歩いていた。
 言葉は無い。ただ、隣を歩く俺とナーシャ。

「座りませんか?」

 先に話しかけたのはナーシャだった。
 俺は頷くと、海を向いて座った。
 ナーシャも海のほうを向き、隣に座った。

「ドレッドさん」
「ん?」

 ナーシャが、満月の中、微笑んだ。
 甲板の上で月を見上げた、あの時の顔のまま。
 だが、瞳の奥は、ただ悲しく、深かった。

「ありがとうございます」
「え……あ……いや。ただ――マウラの代表が気に食わなかっただけ……だ」

 ぽりぽりと俺は頬をかいた。

「それもそうですけど……流れ着いた所を助けて頂いたのもっ、
 こうやって、真実にたどり着けたのも……。
 ドレッドさんのお陰だと思うんです」
「……でも、真実は――ただの絶望だったじゃないか。
 思い出さなければ――平穏だったのに」

 悟った。
 ――ナーシャは無理をしている。言葉の端々が震えている。
 表情が、どんどん崩れてきた。
 瞳には涙が浮かび――両手で、顔を隠してしまった。

「でも……生き残ったのがわたし一人なら……私は……っ……わたしは……っ……」
「ナーシャ……」

 隣で、ナーシャが泣いている。
 ……俺は――。

「名前を……忘れてしまったらっ……本当に消滅しちゃうじゃないですかっ……。
 その人が、どう居て、どうやって死んでいくのか……っ。
 ちゃんと、誰かが覚えてなくちゃいけないんです……。
 ミスラは……戦闘民族です。戦いと死は背中合わせなんです……。
 死した者こそ覚え、称えよ。救いは……遺志を継いだものが為す……。
 小さい頃から、ずっと、そう教えられてきました。
 嫌でした。戦うから死んでいく。だったら――
 戦わなきゃ平和なんだって。だから、この仕事に就いたんです」

 俺は、ナーシャの頭を胸に抱き、目を閉じた。
 『泣いてる女性にハンカチも胸も貸せないようなら男とは言えないぜ?』
 何故か、親父の声が聞こえた気がした。
 ああ……そうだ。満月だったんだ。親父の、お袋との惚気話。
 結婚したのは満月の夜だったから。満月の夜が、結婚記念日だって。
 満月の下で覚えた、満月の日のこと。

 そっと、俺はナーシャを抱きしめた。
 そうするのが、今は、正解だと思った。

「でも、結局死はめぐって来てしまいました。
 力を持たない私は……ただ、死に逝く人を見ているしか出来ませんでした。
 力が欲しいって。
 その術を避けてきた私は何だったんだって。
 これほどまでに自分を恨んだことはありません」

「ナーシャ。ナーシャはそんなもの持たなくっていいよ。
 だからこそ、最後まで生き残って、みんなを覚えているんじゃないか」

「みんなの命を押しのけて、生き残った私は……どうすればいいですか……。
 どうしたら、償っていけますか……」

 生き残ることが罪なのか、そうなってしまった運命を呪うべきなのか。
 だが、ナーシャは、背負おうとしている。数十、いや、百数十人の人生を。
 たった一人、この小さな背中で。

「だったら――!」

 俺は、じっとナーシャを見つめた。
 ナーシャは、俺をじっと見つめた。

「俺も片方を持ってやる。転げ落ちそうになったら引っ張り上げてやる。
 溺れそうになったら浮き輪を投げてやる。
 祈り続けるなら、花を持とう。
 懺悔し続けるなら、俺が聞いてやる。
 折れそうなら……俺が、剣になり、盾になり、杖になろう」
「……――救って、くれますか。囚われて、苦しんでる皆を」
「もちろんだ」
「支えにしても……いいですか」
「ああ」
「信じちゃいますよ……?私、単純ですから……」

 他から見れば滑稽かもしれない。
 台詞回しも児戯に等しい。
 だが、これは俺にとっては一つの決意。
 “世界”という演舞場に立つ、姫と騎士。
 観客はただ一つ、夜空に蒼く輝いていた。

「誓いを、立てようと思うんだ」
「――はい」
「サンドリアの騎士として、最初の誓いを、ここに」
「――はい」

 ナーシャを支え抱き、海の方を向いた。
 幼い頃に聞いた、吟遊詩人が歌っていた騎士の物語。
 誓いの台詞を、自分の言葉に置き換える。
 剣を抜き、天へ掲げよ。そして誓え。
 之は誓い也。例え“世界”でも、“神”でさえも、破ることあたわず。

「立ち上がり、支え、守り続けよう。
 蒼く輝く満月よ、歴史を綴る聖剣よ。母なる海よ。
 我はここに、ナーシャを護り続けると誓う。

 我はドレッド・ソーディアン。聖剣の担い手である!」

 剣を、海上に浮かぶ月にかざした。

                  ――誓いは、為された。■■、■■■■■■■■――

 その時、剣の黒い被覆がひび割れ、砕けた。
 キラキラと、月夜に輝く光の粉雪。
 黒い鉄の塊であった聖剣だったものはそこには無く。
 霊銀の輝き眩しい、雄雄しき聖剣の姿がそこにあった。

「――必ず、救おう。苦しんでいる皆を、ちゃんと終わらせようぜ」

 ナーシャはこくんと頷いた。
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by creatle | 2006-09-06 03:02 | 外伝:潮騒の鎮魂歌


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